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大阪地方裁判所 昭和59年(む)685号 決定 1985年3月05日

申立人

向井孝こと

安田長久

申立人

戸田るり子

被疑者不詳に対する御名御璽偽造被疑事件について、大阪簡易裁判所裁判官が昭和五九年一二月二七日付でした申立人らの各居宅等五か所に対する各捜索差押許可状の発付および右許可状に基づき司法警察員が同日行なつた捜索差押の処分に対し、同月三一日申立人らから準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

司法警察員長谷勝が昭和五九年一二月二七日別紙(一)1記載の場所でした別紙(二)記載の各物件に対する差押処分、同小林政綱が同日別紙(一)3記載の場所でした別紙(三)記載の各物件に対する差押処分および同高橋貞雄が同日別紙(一)5記載の場所でした別紙(四)記載の各物件に対する差押処分をいずれも取消す。

申立人らのその余の申立をいずれも棄却する。

理由

一申立の趣旨及び理由

本件準抗告の申立の趣旨及び理由は、申立人ら作成の各「準抗告の申立書」と題する書面及び弁護人作成の準抗告申立補充書に記載のとおりであるから、これを引用する。

二当裁判所の判断

1  一件記録によると、大阪簡易裁判所裁判官は、昭和五九年一二月二七日、司法警察員の請求に基づき、被疑者不詳に対する御名御璽偽造被疑事件について、別紙(一)1ないし5記載の場所を捜索すべき場所とする五通の捜索差押許可状を発付したこと、右各許可状には、被疑事実の要旨として、「被疑者氏名不詳らは、WRI日本部(戦争抵抗者インターナショナル日本部)の構成員又は同調者であるが、共謀の上、天皇陛下に関する誹謗図画を散布し、不特定多数人に踏絵させることを企て、昭和五九年一二月中ごろ某所において、天皇陛下の顔写真入りのはがき大のビラに、天皇陛下の御名である「裕仁」の署名及び御璽を記した文書を転写登載し、もつて御名御璽を偽造したものである。」との事実が記載されていること、司法警察員は、前同日、右各捜索差押許可状に基づき、別紙(一)1ないし5記載の各場所につき、各捜索を実施し、別紙(一)1、3および5記載の場所から別紙(二)ないし(四)記載のとおり本件ビラ、封書等を押収したこと、申立人安田は別紙(一)1ないし4の場所に関し、申立人戸田は同5の場所に関し、それぞれ、右各捜索差押許可状の発付および右各許可状に基づき司法警察員のした捜索ないし捜索差押処分に対し、不服の申立をしていること、以上の事実が認められる。

2  本件捜索差押許可状の発付が違憲、違法である、との主張について

申立人らは、まず、本件捜索差押許可状の発付について、それが違憲、違法であるとして、その取消を求めている。しかし、捜索差押許可状の発付については、その許可状に基づき、現に捜索差押処分がなされ、その手続が完了した後においては、もはや許可状の発付自体についてこれを取消す実益はなく、現になされた差押処分の取消又は変更を認めれば足りるから、そのような場合の許可状の発付に関する瑕疵は、現になされた差押処分に対する不服の理由として主張しうるに過ぎず、これを理由に独立して許可状の発付自体についてその取消を求めることは許されないものと解するのが相当である。本件については、前記認定のように、本件各捜索差押許可状に基づき、捜索ないし捜索差押の処分がなされているから、本件各申立のうち、捜索差押許可状の発付自体について、その取消を求める部分は、不適法として棄却を免れない。

3  本件捜索差押処分が違憲、違法である、との主張について

申立人らは、次に、司法警察員のした本件捜索ないし捜索差押処分について、それが違憲、違法であるとして、その取消を求めている。しかし、刑事訴訟法は、司法警察職員のした「押収に関する処分」について、その取消済又は変更の請求を許しているが、捜索については、不服申立を許していない。本件においては、前記認定のように、別紙(一)1、3、および5記載の場所においては、司法警察員によつて差押処分がなされているが、別紙(一)2および4記載の場所においては、捜索が実施されたのみで、証拠物はなんら押収されていないから、申立人安田の本件申立のうち、別紙(一)2および4記載の場所において司法警察員がした捜索に関し不服を申し立てる部分は、不適法として棄却を免れない。

そこで、以下においては、別紙(一)1、3および5記載の場所において司法警察員がした差押処分に関する不服申立について判断する。

申立人らの不服の理由は、要するに、本件捜索差押許可状は、被疑者不詳らが天皇陛下裕仁の御名および御璽をはがき大のビラに転写印刷し、もつて御名御璽を偽造した、という被疑事実によつて発付されているところ、本件のビラは、昨今のマスコミ等が作り出している天皇ブームの風潮に対し、風刺のおもしろおかしさをもつて一矢を投じようとするもので、いわば警世警句的な表現とその表現活動にほかならず、問題とされている御名御璽部分は、パロディによる文学的表現の一部に過ぎないものであつて、それが刑法一六四条の御名御璽偽造罪に該当しないことが明らかである。すなわち、偽造といえるためには、通常人をして御名御璽と誤信させるに足りる程度のものであることを必要とするところ、御名御璽は肉筆で書かれ、朱肉で押捺されているのに、本件の場合はコピーによるものであつて、しかも、その大きさは真正なものの数分の一程度であるうえ、そもそも本件ビラが天皇の署名押印するような文書ではあり得ない性質のものであることからすると、本件は、通常人をして御名御璽と誤信させる可能性はなく、およそ偽造といい得ないにもかかわらず、これをあえて同条に該当するとして捜索差押許可状を発付したのは、天皇の特権的地位を強化しようとする不当な解釈であつて、憲法一四条に違反するばかりか、配布前において、右のような内容の本件ビラの押収を許可し又はこれを押収したことは、天皇に関する言論や表現は一切許さないとする予防検束的弾圧であつて、憲法の保障する思想、信仰、表現の自由に対する重大な侵害であり、かかる違憲、違法のある捜索差押許可状に基づく本件差押処分は取消されるべきである、というのである。

そこで、検討するに、刑法が第一九章において印章偽造の罪を設けているのは、印章・署名が、ある事項と特定の人との間に一定の連絡のあることを証明するという社会生活上重要な機能をもつことに鑑み、その真正に対する公共の信用を保護する趣旨に出たものであるから、偽造といえるためには、通常人をして特定人の印章・署名と誤信させるに足りる程度の外観・形状を備えていることを必要とし、かつ、それで十分であるが、通常人の合理的判断の下で一見して明白に、印章・署名が真正なものとは認められない場合には、印章・署名の偽造は成立しないものと解され、このことは、私印であると、公印・公記号であると、はたまた御璽であると、偽造の客体の種類によつて異なるところはなく、ただ、それらがもつ社会的機能の重要性の程度に従つて法定刑に差異が設けられているにすぎないから、刑法一六四条の御名御璽偽造罪の成否についても右に述べたところに従つて判断するのが相当である。

これらを本件についてみるに、一件記録によると、捜索当局は、本件ビラに「見本」と手書きした見本ビラを入手し、これから本件ビラの作成、存在を疑い、本件ビラについて前記のような御名御璽偽造の被疑事実が成立するものと判断し、右見本ビラの写真コピー(実物大)を疎明資料として本件捜索差押許可状の発布を申請したものであるところ、たしかに右疎明資料から窺われる、縦約一三センチメートル、横約一七センチメートル大の本件ビラの片面の中央には、「裕仁」の署名及び御璽の体裁を成す部分が存し、その字体や印の形態自体は真正なものと類似しているけれども、御璽の大きさは、真正なものは一辺が九、〇九センチメートルであるのに、本件ビラのそれは一辺が約二、五センチメートルと極端に小さいうえ、そもそもこの御名御璽部分を含めて本件ビラは、完全な印刷物であり、御名御璽部分の右側には「汝忠良ナル国民ニ告グ。朕ハ日本国ノ象徴ニシテ象徴ハ宸謨留ノ意ナレドモ朕ノ象徴ハモノノヤクニ立ツベクモ非ズ。タダ朕座スルノミ。汝国民子子孫孫ニ至ルマデ其レ克ク。疑念スル勿レ。鳴呼楽朕楽朕」との、天皇若しくは天皇制を揶揄するような文章が記載され、その左側には裕仁天皇の顔写真が転写されているほか、「謹賀新年」「これはゴミです拾つてはいけません」との文言が記載され、また、その裏面にも、裕仁天皇の黒わく写真が載せられ、「ご遺言」と題する天皇制風刺の文章が記載されるなどしているものであることが認められるのであるから、右認定のような本件ビラの印刷物としての体裁や記載文章の内容等から判断すると、本件ビラのような紙片に真正な御名御璽がなされることは絶対にあり得ないことであつて、本件ビラの御名御璽部分が不真正であることは一見して明白というべきである。

そうすると、本件ビラの御名御璽部分については、刑法一六四条の御名御璽偽造罪が成立する余地はないから、その成立を前提とする前記の被疑事実についてその嫌疑がありとして本件捜索差押許可状を発布したのは違法であり、したがつて、この違法な許可状に基づき別紙(一)1、3および5記載の場所において別紙(二)ないし(四)記載の各物件に対してなされた本件各差押処分もまた違法であり、取消を免れないというべきである。

三結論

よつて、申立人らの本件各申立のうち、司法警察員のした本件各差押処分の取消を求ある部分は、申立人戸田のその余の申立理由につき判断するまでもなく、理由があるからこれを認容し、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項により本件各差押処分を取消すこととし、その余はいずれも不適法であるから、同法四三二条、四二六条一項によりこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(岡次郎 坂井満 奥田哲也)

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